絶望の中でも柴田は考えた。「明日どうなるかわからない人生。旧友のためにも落ち込んでいるより、これをキッカケに何かをしようではないか!」そこで柴田が選んだのはMBA取得という選択だった・・・。
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ほぼ独学で猛勉強した英語も現地のネイティブには歯がたたず、また難解な経済用語も初めはお経を聞いているような感覚だったと言う。だが現地での努力の甲斐もあって半年後には授業にも慣れ、多くのインターナショナルな友達も出来た。彼らは日本人と違って自分たちの未来に対して非常にアグレッシブな考えを持っていた。 |
帰国してまず勤めたのは大手の経営コンサルティング会社。MBAを取得してもそれはあくまで学問の世界。それを自分なりに体系化し、実際の日本のビジネスの場に置き換えてみたかった。 「起業しかない」 柴田の決意は早期に実現することとなる。 |
2004年9月30日、株式会社ニューハンプシャーMCは東京江東区のお台場にて産声を上げた。社員は柴田と前職のコンサルティング会社で同僚だった、中村の2人。事業の軸としては柴田が病院向けの経営コンサルティングを。中村が医師向けの人材紹介事業を担当することとなった。柴田は顧客のターゲット(=医療機関)と商品(=コンサルティング)が一致していたが、中村の方は、人材ビジネス会社向けコンサルティングを行っていたとはいえ、人材紹介の実務は初めて。そして医療に関しては全くの素人。 |
2011年4月。医師の紹介事業は設立から7期目を迎えた。 医師の方について 研修医について 医学生について 医学生からベテランの医師まで、多様なサービスを提供することで、医師全体のキャリアを察知し、どのキャリアステージにある先生についてもより深いキャリアアドバイスが可能となる。 決して大手とは言えず、業界を引っ張っていく存在には成しえないがおかげさまで当社を応援してくれる先生方は多い。これからも医師のキャリアを側面からサポートする、先生方のよきパートナーとして、進化を続けるつもりである。 |

理工系の大学を卒業し、メーカーに数年間勤務している中で、柴田は自分の将来について正直迷っていた。
ところが決心したのはいいが、柴田は英語が話せないどころかヒアリングも読み書きもまったくできなかった。そしてその時から柴田の猛勉強が始まった。会社が終わると7時には帰宅。食事を終えてからは毎日深夜2、3時までひたすら英語の勉強、勉強・・・・
"ニューハンプシャー"略してNH.そこが柴田が選んだMBA(MASTER OF BUSINESS ADMINISTRATION)取得のための留学場所だった。ニューヨークやロスなどと違って日本人が少ない街。アメリカ ニューイングランド地方に位置するボストンから車で1時間くらいに位置するマンチェスターという町にある大学である。














