絶望の中でも柴田は考えた。「明日どうなるかわからない人生。旧友のためにも落ち込んでいるより、 これをキッカケに何かをしようではないか!」そこで柴田が選んだのはMBA取得という選択だった・・・。
|
ほぼ独学で猛勉強した英語も現地のネイティブには歯がたたず、また難解な経済用語も初めはお経を聞いているような感覚だった と言う。だが現地での努力の甲斐もあって半年後には授業にも慣れ、多くのインターナショナルな友達も出 来た。彼らは日本人と違って自分たちの未来に対して非常にアグレッシブな考えを持っていた。 |
帰国してまず勤めたのは大手の経営コンサルティング会社。MBAを取得してもそれは あくまで学問の世界。それを自分なりに体系化し、実際の日本のビジネスの場に置き換 えてみたかった。 |

理工系の大学を卒業し、メーカーに数年間勤務している中で、 柴田は自分の将来について正直迷っていた。
ところが決心したのはいいが、柴田は英語が話せないどころかヒアリング も読み書きもまったくできなかった。そしてその時から柴田の猛勉強が始 まった。会社が終わると7時には帰宅。食事を終えてからは毎日深夜2、 3時までひたすら英語の勉強、勉強・・・・
"ニューハンプシャー"略してNH.そこが柴田が選んだMBA (MASTER OF BUSINESS ADMINISTRATION)取得のための 留学場所だった。ニューヨークやロスなどと違って日本人が 少ない街。アメリカ ニューイングランド地方に位置するボス トンから車で1時間くらいに位置するマンチェスターという町にある大学である。













